昨日。そろそろ寝ようかなと思っていると友人から飲酒の誘い。買ったばかりのラッキーストライク・ボックスを握り締め寝台船へ。店主と3人で朝6時まで飲み続け、友人の家に勝手に入り彼を叩き起こして解散。今日はこのまま完徹で行くぞと意気込んでいたが睡魔には勝てず昼前まで睡眠。数年前はこんな感じの生活習慣だったな、と懐かしむ。今はめっきり減ってしまったが、たまにあるといい。こういうのだから留年してしまうのだろうが、代えられない。
飲みの席で何を話していたか思い出してここに書くこともできるが、それをやろうとすると何故か滅茶苦茶面倒な感じがする。お酒が抜けると、飲酒時に話したあれこれを振り返るのが野暮に思えてくる。「これを作業日誌に書いたら面白いだろうな」という事さえ思っていたはずなのに、そうはならない。
作業日誌もとい日記は、日々を正確に記録することが重要なのではない。飲み会やパーティなどのようなハレの出来事よりはむしろケの出来事を書く方が楽なのは、前者のムード感を文章だけでは取りこぼしてしまうからなのではないか。ハレは実践、ケは理論に軸足を置いている気がする。文章中の時間的飛躍の中にも時間は確かに存在するのであり、空間的に言えば、閉まったドアをカメラで映してもその奥に世界が等しく存在するのと同じようなことだ。
今日の昼。ナンシー関消しゴムハンコアーカイブプロジェクトのキックオフミーティング。ニューカマーたちに連絡が行き届いていなかったらしく、すぐ解散。後輩の雰囲気が変わっており驚いた。
自転車でお出かけ。この頃の空気感はたまらない。春は毎年新入生みたいな心持ちでいられる。
恵文社で『湯浅政明大全』を手に取る。ラフな感じのスケッチは、頑張れば自分でも描けそうだという気にさせられる。起爆剤になるのは押し並べてそう。彼の世界観は映画で言えばタランティーノやパク・チャヌクの雰囲気に近いのではないか。勢いだけで描いたような線や限界まで曲げたパース、常識に囚われない色彩。中でも『マインド・ゲーム』は白眉である。
新歓大喜利。新入生がいたので質を保ちながらいつもより多く回答した。フタチ海岸線の漫才も堪能。漫才をやりたい。日曜日には所属しているお笑いサークルで相方探しの会があったそうだ。
オリヲン座に寄ると新入生が2人来ていた。うち一人は脚本も書いてきてくれて、大変に意欲があると見た。先輩に搾取されない人が入ってきてほしいし、自分の好きなことをここでやれるといい。
部長とご飯でも食べようかと思ったがそのまま帰宅。
晩はサラダとカレーうどん。明日食べる予定で買った冷凍パスタにも手をかけ、満腹。自炊ができないとこうなる。そのまま眠りに就いてしまった。寝落ちして朝にシャワーを浴びる、という風な事が多くなってきている。
明日は全休だが生憎の雨。家で固まっておこう。