昼過ぎに起き、毎週土曜日ってこんな感じでダメダメだなと思いつつ、友人から招待されたRocket Nowなるアプリで食べ物をデリバリー。なるほど世の中にはゴーストレストランなるものがあるらしく、山盛りの唐揚げチャーシュー丼を注文。食べられるものなら何でもいいという気持ちが大事。人に届けてもらっているのだから文句は言えまい。初回でかなり割引してもらったので、平均的な外食レベルの値段で食べることができた。数回使えば70%割引のクーポンがアンロックされる仕組みだそうで、これを使って家に人を呼びどんちゃん騒ぎすることも可能。相場はピザだろうか。
福尾匠『眼がスクリーンになるとき』を読み進める。これは映画を哲学で分析するための本ではない。哲学には前提があり、揺るぎない心理があると思いがちだ。ドゥルーズはそうではない。テレビを観るときは画面から離れて観る。しかし『シネマ』に書いてあること、ドゥルーズの言っていることは、もっと近くで、目とスクリーンの距離をゼロにして観てみなさいということだ。鳥が映っている。鳥は平和の象徴で自由のメタファーがあり……馬鹿野郎、そんなものはどこに映っている。画面を見てみればそこに鳥がいる。まずはそれが重要なのだ。
ベルクソンによる「イメージ」について。哲学とは何も難しいことばかりではない。予測不能な我々の身体が生み出す「生きたイメージ」、自然法則が導く「死んだイメージ」。この二つのイメージが存在するというところまで読み、2年前に撮った短編『montage』の再編集に取り掛かった。
再編集と言っても大掛かりなことはせず、無駄な部分を削り色調を再考する程度のもので、これにより今年の映画祭にも出品できるという魂胆だ。1時間ほどで作業を終わらせ、YouTubeで限定公開し、宣伝する。