生活リズムがめちゃくちゃなのでPTA『マグノリア』を鑑賞。家族との関係に問題がある老若男女たちの群像劇。カエルの雨というデウス・エクス・マキナ的展開。序盤10分でお釣りが来るような映画でもあったために、テンポが速くない場面は相対的に退屈ではあったものの、現役クイズ少年の葛藤を元クイズ少年の回想の代用として用いる大胆な省略には恐れ入る。全編通してカメラワークの速さ滑らかさは一級品で、スピルバーグの映画をもっと早くしたようなスピード感。音楽のセンスも良い。思い切ってズームを多用することで、混沌の中でも情報の統制をしているところが巧みだ。空間の認識にすこぶる長けている。
確かにキャラクターの作り込みにやや雑さはある(父親に対してのトラウマで薬物依存になってしまった女の情緒不安定にもほどがある演技など)が、それを吹っ飛ばすほどの編集、スピード。カラックスの言うスピードの微笑とはこのことかもしれない。ただ速く被写体やカメラを運動をさせるだけでは到達できない速さがある。『ワン・バトル・アフター・アナザー』でも感じたが、3時間があっという間だ。それでいて、全体として大団円……とはいかない雑な閉め方がまた祝祭のようで愛おしい。『8 1/2』的猥雑さ。PTAの雑味は必要だ。それを本人が自覚しているかは分からないが、この雑味のまま最近まで走り抜けているので凄い。
この映画では他に見ることができないトム・クルーズが登場する。彼は下品な言葉を発し、究極のマチズモ思想の下にセミナーを開き、信者を増やしている。過剰な演出の裏にあるのは繊細な精神だ。自分の情けない父親の血を絶やそうと必死な彼に、危篤状態の父親本人を会わせようとする心優しい看護師の説得は、映画序盤から贅沢に尺をとって描かれる。
『東京ゴッドファーザー』ばりの偶然についての物語だが、映画は偶然を捉えることを推奨されている。まるで天文学的確率で起こる偶然の連鎖こそが物語であるとでも言いたげで、それはそれでロマンがある。
バイトを終わらせ、明日から始まるTOKYO遠征のための準備......と行きたいところだがまろやかに眠ってしまう。焼きそばを食べ、冷蔵庫に生卵を残しつつ準備に取り掛かる。服、サンダル、充電器を購入。友人に会う。後輩に会う。外出中に人に会うことはあまりないのだが、こういう時に限って会いやすい。
帰宅。キャリーケースに荷物を詰めつつ、フランコ・モレッティ『遠読』の読書会。今回は『プラネット・ハリウッド』の論文を担当し、たくさん発言した。言語と意味、そして運動について。サイレント時代のチャップリンやキートンなど、画面に満ち溢れる彼らの運動は国際的なものと言ってよい。運動によるコメディは、ローカルなコードを含有してしまう言語によるコメディとは全く異なるものだ。香港アクション映画が国際的に波及したのは先人のそれを彷彿とさせるからだと考える。
ローカルな映画について考える。例えばSFにローカルは可能か。アピチャッポン『メモリア』、ヴィルヌーヴ『メッセージ』の宇宙船の形状。前者は内側に向かう土着的で呪術的なSF、後者は外部に置かれている無国籍なSF。
晩も食べずに生乾きの服をドライヤーで乾かして出発。深夜バスの誘拐感。サービスエリアに到着すると乗客が一斉にバスから出て不本意な行進をする。気恥ずかしい。新幹線代をケチりたいから安くて質の悪いバスに乗っているんです、と宣言しているようなものだ。実際間違っていない。