起きると頭が痛かったので二度寝。昼過ぎに起きても痛み治まらず、映画でも観れば少しはマシになるだろうと出町座へ。
ブレッソン特集『バルタザールどこへ行く』『少女ムシェット』を観る。受付の壁にはカルチケが大量に引っ掛けてあったが、2本ともタダで観るほど貧乏性ではないので、『バルタザール』のみに適用。
ロバのバルタザールが色んな人と会って最後に死ぬという話なのだが、半分くらいうとうとしたり完全に眠ったりなどしてしまい、話の流れが全く分からないまま終わってしまった。ブレッソンと言えばやはり音が印象的だが、本作はデカい音楽の比重が高い。花火やどんちゃん騒ぎ、ガラスを割るなどの暴力。ラスト、羊の群れの中で息絶えるバルタザール。
『少女ムシェット』もなんだか辛気臭い。やるせない。学校でも家庭でも居場所がないムシェットはずっと下を向いていて不貞腐れたような顔をしている。しかしゴーカートに乗って男と遊ぶ場面だけは満面の笑みをしていた。淡々と歩き、動作をするムシェットに色気を感じる。というかなんなんだあの髪型。
ラストで斜面を寝転がりながら下にある池に沈んで死んでしまうムシェット。あまりに切ない。よく見ると水面が再生と逆再生を繰り返しているように見える。移り変わることなく永遠に続く力学による時間のイメージは、終わりのない牢獄に閉じ込められたような息苦しさを引き出している。
ブレッソンは映画ごとというより『ブレッソンのシネマトグラフ』とまとめて観ることができる。レイ・ハラカミの音楽がだいたい全て同じように聞こえてしまうのと同じだ。もちろん差異は存在するが、全体においての要素……今回の鑑賞体験においては、被写体がフレームアウトする際、それまでフレーム内にそれをとどめておいたカメラの、フレーム外への慣性的な運動……を得ることに対してある程度の価値が存在する。